明治大正期レコード会社

大正期の中小レコード会社の紹介です。

 
年月 出来事
1923.03 三光堂株式会社(ライオン、クラウン、メノホン)買収。

米コロムビア出張録音盤

天賞堂と三光堂がそれぞれ代理店をつとめた。

COLUMBIA RECORD

天賞堂が輸入販売した47000番代盤。1904年(明治37)年頃

COLUMBIA PHONOGRAPH CO.

明治末~大正初期、初期の片面盤で人気のあったものは両面盤として再版された。商標は日米蓄音器のユニバーサルに流用された。

米ビクター出張録音盤

VICTOR TALKING MACINE(米ビクター)が明治末より大正五年まで三回の出張録音を行っている。 またそれらの原盤は昭和に設立された日本ビクターに引き継がれた。

VICTOR

米ビクター明治期の片面盤。

VICTOR

50000番代は1916(大正5)年に米ビクターの3回目の出張録音盤、その後は日本ビクターの黒盤にそのまま受け継がれた。

VICTOR RECORD

日本ビクター創立後に再版されたもの。

ナショナルレコード - 大阪蓄音器

大正改元日の1912年10月1日に実業家の樫尾長右衛門によって大阪市南区塩町2-8に設立。 当初は複写盤や他社のレコードを販売していたが1915(大正)4年6月より自社録音盤の販売を開始、 大正5年には東京府神田区鍛冶町8に東京支店を開設。大正6年に東洋蓄音器に買収され、 大正9年7月1日をもって営業を終了した。

電話散財 - A453(A)

白熊が北極の上に載っている商標。自社録音盤には番号の先頭にAがつく。1枚1円30銭

紀伊の国 - 162

複写盤は白熊が氷の上に載っているが後期にはペンギンになる。

三勝半七(下) - 1078

複写盤

三十三間堂 - 1079

1078の裏面

オリエントレコード(ORIENT RECORD) - 東洋蓄音器

詩入さのさ節 - 1259

片面盤時代の複写盤。THE ORIENTAL PHONOGRAPH

やっこらや - A1242

安宅関(下) - B196

声光商会 - 大阪

大阪蓄音機の複写盤を製造していたが、1917(大正6)年6月に東洋蓄音器に買収された。

カスガレコード(KASUGA RECORD)

ナショナルレコード(大阪蓄音器)の複写盤。

ラビットレコード(RABBIT RECORD)

複写盤。

大黒レコード(DAIKOKU RECORD)

大正後期に神戸で創立されたとされる。

バタフライレコード(BUTTERFLY RECORD) - 酒井公声堂

大正末期に神戸に創立されたとされる。特許レコードの前身。

帝国蓄音器商会

ヒコーキレコード

複写盤、片面盤と両面盤がある

ヒコーキレコード

ヒコーキレコード

大正10年頃の青レーベル1000番台。日本蓄音器商会の傘下になる前後期のデザイン。

SPRINX RECORD

スピンクス、大正4年。アルファベットのスペルミスがあるもの。

スピンクスレコード

松村式音譜盤の表記があるもの。

スヒンクスレコード

後期のデザイン。

フェニックスレコード

複写盤。

東京蓄音器 - 東京

1917(大正6)年正月新譜より富士山印レコード販売開始。日本蓄音器商会に買収され、富士山レコードとなる。

東京レコード(TOKYO RECORD)

富士山印、中期以降のデザイン。赤レーベルは標準盤。

東京レコード(TOKYO RECORD)

青盤、赤盤より安価。

新口村(上) - 419

金盤

鉄輪(一)

委託盤。

東京音譜

明治45年には創立されている。1917,8年頃に廃業し、一部の原盤は帝国蓄音器のスピンクスで再発売された。

TOKYO ONPU

複写盤、PARADISEレーベルの上に貼られている。

KING-RECORD

複写盤、番号なし。

時枝商店 - 神戸市元町通り3

明治末期よりミカドレコードを販売開始。

MIKADOPHONE

大正初期に発売。ほとんどが複写盤だが僅かに独自録音が存在する。商標は御所車。

東亜蓄音器株式会社 -

トーアレコード(TŌA-RECORD)

明治蓄音器 -

明治末~大正初期の複写盤製作会社の一つとおもわれる。

東郷レコード(TOGO RECORD)

片面盤と両面盤、番号ありなしのものが存在する。

PARROT RECORD STUDIO -

大正後期の会社とおもわれる。

パロットレコード(PARROT RECORD)

両面盤。オウム印のレーベルは幾つか確認されるが一連の関係性は不明。

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