テイチクのあゆみ

1934.5.15古賀政男専属、文芸部の1941東海林太郎、小笠原美都子、大高ひさを専属。1943.10.6本社工場全焼、1944.01本社工場再建5.25帝蓄工業株式会社と改称。1945倉若晴生専属。1946年淡谷のり子、田端義夫、菊池章子移籍 村沢良介、清水みのる専属、10新商標制定。 1949小唄勝太郎、真木不二夫専属

スタンダードレコード - テイチク前身

昭和6年頃から大阪に存在した会社でテイチク初代社長の南口重太郎が社長を務めた。昭和13年頃福永レコードプロダクションにて再発売。

一枚50銭。

前述のものとデザインが少し異なる。

福助レコード(FUKUSUKE)

福助足袋から委託されたレーベル、昭和9~10年頃に販売された。テイチク5000番台の再プレス。

南地音頭 9-B

原盤はテイチク5514

街の夜霧 - 57-A

デザインの異なるもの。

100 - 赤茶盤

昭和7年初頭に発売されたもの。

女給の唄 - 123-A

5000~6300 - 黒盤

昭和7年6月、5000番から始まる標準黒盤(一枚一円)。

京都音頭 - 5590-A

初期~中期のデザイン。

野崎村 - 5914-B

後期のデザイン。

気の小さい女(上) - 6252

テイチク家庭盤。

宣伝盤 -

昭和9年2月、株式会社に改編し東京にスタジオを設立した時代の宣伝レーベルで、1番から始まるもの。5000番から始まる標準盤(一枚一円)と並行して販売された。主な歌手は藤村一郎(楠木繁夫)や伊達光子(渡辺光子)など。このレーベルの低価格路線が成功し、全国的に販路を広げていった。

宣伝盤。一枚35銭と非常に安価。

緑標準盤 - 15000~

15000番から始まる昭和9年から10年の標準的なレーベルで一枚一円。古賀政男を専属に迎えて、ディックミネや楠木繁夫のヒット曲が目立つ。

初期のデザイン

冨士川の血煙(二) - 15058

赤標準盤 - 50000~

15000番台の緑レーベルから移行した昭和10年4月からの標準的な赤レーベル。この時期は古賀政男や藤山一郎の活躍により一気に大手レコード会社へと急成長した。

シューベルトのセレナーデ

新黒盤 - 1000~

昭和11年からの標準的なレーベル。流行歌がN盤へ移行しても2000番台は昭和15年まで演芸・童謡などに使用されている。

男の魂 - 2160

自雷也小僧 - 1520

宣伝盤

便泌隊(上) - 2651

写真盤。2000番台中番は演芸に充てられた。

青春日記 - 1280

税率区分⑧の刻印された1943年頃の重版盤。

N盤 - N101~

昭和12年12月新譜から始まるレーベルで初期は古賀政男作品専用レーベルとしての性質が強く、黒標準盤よりも高価だった。13年頃からハイフレックス録音という技術を導入しており、当時としては明瞭な録音である。

白衣の勇士 - N143

初期の青レーベル。

青春旅情 - N118

茶色レーベル。

涯なき泥濘 - N123

前述の色違い。

北京覗眼鏡 - N260

一部で使用されたデザイン。

身代わり警備 - N257

このころからポリドールを模倣して写真入りレーベルを導入している。

篝火かこんで - N257

裏面

九段の母 - N275

茶写真。

夜店ガール - N498

青レーベル

全国婦人大会(一) - N348

標準盤 - A1~

昭和14年7月頃からの標準盤。流行歌は一年も満たずにT3000番台に移行する。 途中からは演芸の番号となっており、こちらは昭和18年ごろまで続いている。

あの街この街 - A-5

初期にみられるデザイン。

おけさ人形 - A-65

写真盤の一例。

紀元二千六百年 - A-86

専用デザイン。

凄風小松村 - A372

後期のA盤レーベルデザイン。流行歌やその他演芸にも使用された。

江戸の風雲 - A848

白赤楠木レーベル。戦後の標準盤にも使用されている。

私の家族(上) - A848

前述とデザインだが、左書きになったもの。

T印盤 - T3000~

昭和15年4月新譜から登場する、流行歌を中心としたレーベル。T3400番頃のプレス分は白地に青の楠木レーベルとなる。

山中節 - T3170

標準的なデザイン。

民謡傑作集 - T3455

1943(昭和18)年後期のレーベル。

高級・末期盤 - X5000~

1940年10月新譜より発売開始。一円八五銭。当初は器楽曲・国民歌謡などの高級規格として開始したが、昭和18年末新譜から旧来のT3000番台やA・N規格を統合して一本化したレーベル。途中テイチクオンバンに名称変更。

日本旋律集 - X5020

昭和18年発売。

日本わらべうた(五) - X5025

1943年末頃、T3000盤、A盤など複数のレーベルを一元化しX5000番代へ移行する。工場火災により活字版を焼失したため写真のようにテキストが手書き文字版となっているものも存在する。

委託盤 - 特~

昭和9年頃からの委託盤。

ブンカレコード - S No.4-A

昭和9年頃製作。東京文化譜対照用レコード頒布会発行。

日本窒素水俣工場歌 - 特057

昭和10年頃製造。

白浜湯崎泉都巡り(上) - 特251

昭和13年頃製造。一般レーベルでも発売されている。

戦後標準盤

昭和18年に工場の火災があったものの、直接的な戦災を免れたテイチクは終戦の翌1946年にレコードの生産を再開している。物資不足のため戦前のレーベルを流用しているものもある。

宵待草 - ディック・ミネ

戦中末期と同じ税率が適用されていた1946年初頭のレーベル。

意気な風来坊 - 美ち奴

戦後の新譜であるが昭和19年頃の録音。前記のものと色違いであるが税率区分が変更されている。

ヒノデの趣味(下) - 498

戦中レーベルの再利用。税率区分はB。

ダンディ気質 - 552

商標が楠公からテイチクのTとレコードのRを組み合わせ人形としたもの。1946年10月に制定。

戦後B1000盤

演芸など

磯節情話(一) - B-1214

写真盤、1952年発売。

赤城の子守唄(一) - B-1261

20年代後期のデザイン。

C-3000~

1950年よりC-3000番台に移行。

宵待草 - ディック・ミネ

流行歌以外のものに使用されたデザイン。

男の純情 - C-3672

決闘の河 - C-4177

末期のもの。

戦後特別盤

その他

篠山音頭(大江山) - C-037

委託盤もしくは特別発売盤。

レコード袋

昭和10年頃より専属実演家の顔写真を並べた袋になるが、時期により様々な差異があり、その種類は100種以上に及ぶ。

F105

裏面