奥野椰子夫おくの やしお

本名 弓削保夫
変名 -
生没 1902 - 1981.10.9
出身地 滋賀県 滋賀群 堅田町(現 大津市)
所属会社

県庁職員弓削正男の次男として生まれる。幼少時に大津市の奥野玉雄の養子に入る。大正3年に大津尋常小学校卒業。大正15年に慶応大文学部卒業後は新聞社をへて昭和7年ごろより作詞家に転向する。 昭和16年「琵琶湖哀歌」がヒット。戦後は昭和「夜のプラットホーム」がヒットした。後年は日本音楽著作家組合広報部長、日本著作権協会理事などを歴任した。

ディスコグラフィ

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曲名 共演 作詞 作曲 番号 新譜年月 補足
- - - - 1937.11

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