日本ビクター

年譜

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西暦 年号 出来事 ヒット曲
1927 昭和2 9.13 日本ビクター創立
1928 昭和3 2.1 洋楽第一回発売
4.1 邦楽第一回発売
1937 昭和12 7月 アメリカ本社の資本元から離れ、日本産業株式会社の傘下になる。
12月 東京電機株式会社の傘下となる。
1943 昭和18 4.18 社名を日本音響株式会社に変更するも、「Victor」レーベルは継続。
1945 昭和20 12.29 社名を日本ビクター株式会社に変更。
1947 昭和22 3月 戦後第一回新譜発売。

戦前ビクター標準盤

秋の調べ(一) - 50468-A

50198から始まる電気吹込盤のデザインで1枚一円五〇銭。原盤番号表記がまだ無い。

恋の五丁町 - 52832-B

50600番後半から原盤番号の表記が付く。

涙のキャラバン - 53688

53440番くらいからA面B面の表記が完全に消える。

戦線子守唄 - J-54405

54000番を過ぎると番号の先頭にJが付くようになる。

潜水艦の華 - A-4158

昭和15年4月からレコード番号の先頭がA-4000番から始まるようになる。

ラバウル海軍航空隊 - A-4488

社名が日本音響株式会社に変更されている。

二上り甚句 - A-4826

A4800番台のものは、アルバム物に使用された番号。

明日はお立ちか - A-4862

A4000番台の軽音楽盤に見られる黒地に銀文字レーベル。

標準盤特殊レーベルデザイン

亜細亜行進曲 - 52538-B

赤盤歌手の藤原義江吹込み白盤。

鉾をおさめて - 53544

中山晋平作曲生活二十周年記念盤。

少国民愛国歌 - J-54258

専用デザイン。

日の丸音頭 - J-54483

数枚に確認される赤白盤。

日の丸行進曲 - J-54300

専用デザイン。

世界一周大飛行の歌 - J-54633

専用デザイン。

建国音頭 - J-54721

専用デザイン。

紀元二千六百年 - J-54726

専用デザイン。

空の勇士 - J-54800

一部の盤に使用されたデザイン。

赤城山ブルース - A-4099

A4000番台の川田義雄吹込み曲に使用されたレーベルデザイン。

その他のレーベル規格

標準盤とは別規格の盤

愛馬進軍歌 - X-3

国民歌、演説などに使用されたX規格。

愛国行進曲 - A-1

愛国行進曲に使用されたA規格。

わがもの - KI-1

昭和13年勝太郎市丸十八番集。予約限定。

黒い眼 - SL-10

昭和13-14年にかけて数回販売された愛唱歌アルバム用のレーベルデザイン。

廉価盤

ビクタージュニア(J-10000番台)

昭和7年末頃から発売された廉価盤レーベル。演芸や俚謡、演奏などが中心。盤が茶色い。昭和12年まで新譜が発売された。

ほどどぎす(上)

紫レーベルで盤が茶色くないもの。昭和12年以降の再版盤。

ビクター大衆盤

ビクタージュニアから名称変更された。

浪花節大衆盤(J-20000番台)

J-20000から始まる浪花節専用紫レーベル。標準盤の再発売のようである。

Z盤

昭和13年年7月新譜より始まるレーベル。

A-2000,3000盤

昭和15年春以降の廉価盤。

スターレコード

昭和12年、日本ビクターの子会社としてスターレコード株式会社が誕生し、同年7月1日に第一回発売。一枚1円と、ビクターの廉価レーベルを独立させたものであったが、13年には新譜販売を中止している。

米山甚句 - S-1182

高級盤

歌曲や邦楽用の高級赤レーベル。一枚2円。

出船の港 - 1230-A

昭和3年。

鉾をおさめて - 4043-A

赤盤4000番代は昭和3年6月ごろから使用された。

大歌(上) - 13330-A

昭和4年末から昭和15年春までの長期にわたって13000番台に。一枚二円。

童謡盤

春風小風 - J-30109

児童レコード。8インチで二枚一組で販売された。

ひとり小雀 - A-122

1940年4月よりA100番台になる。

戦前委託盤 - PR-100

産業報国のマークがついているレーベル。昭和13年頃か。

戦後標準盤 - V-40000~

製造拠点の横浜工場を戦災により失ったため他社より出遅れた昭和22年3月下旬に第一回新譜発売。

初期のレーベル。

戦前録音。

戦後委託盤 - PR-1001~

ビクター戦後の委託盤は1000番台。

魚沼高原公園音頭(上) - PR1295

昭和8年ビクターレコード総目録(邦楽)の解説より

オルソフォニック吹込法

 オルソフォニックとは、オルソフォニー即ち、「正確に原音を再生する技術」という原語を形容詞として用いたのであります。オルソフォニック吹込法は、我社の関係会社である米国ビクター会社に於いて、多年の苦心研究の結果、終に一九二四年に完成され、現在は世界中に網を引いて居る各地のビクター蓄音器会社で使用されて居ります。

 ラジオ及びアンプリファイアーの出現するまでは、すべてレコードの吹込法はアコウスチック即ち喇叭吹込法によって行われておりました。即ちメガホーンの形をした金属製喇叭の後端に、ガラス製薄膜を張りつけたサウンド・ボックスを装置し、音は此の喇叭から薄膜に集中されてこれを振動させ、その振動は一本の針に伝えられて回転せる蝋盤の表面に音波を刻み込むという仕掛けでした。然れどもこの喇叭式吹込法は、既に旧式として一般に廃棄せられ、現在はこれに代わって電気吹込法が採用される様になったのであります。 これには喇叭の代わりにマイクロフォーンが用いられますが、マイクロフォーンだけでは勿論まだ用をなしえません。これはただ電気吹込法の第一階梯でありまして、その外に諸種の手続きを経て、初めて電波が蝋盤に刻まれる順序となるのです。つまりマイクロフォーン、アンプリファイアー、電気レコーダー及び蝋盤、これ等が電気吹込装置の諸階梯であります。

 音の振動数は一秒間に一六回から二〇〇〇〇回位でありまして、その内楽器による音は最低一六サイクルから最高一六三八サイクルの音域にあります。人間の声は最低音から最高音までは一秒間約八〇サイクルから一二〇〇サイクル位までで、普通の談話一一〇サイクルから二七〇サイクルまでの振動数の音であります。

 旧式の喇叭吹込法ではこれ等の微妙な音波を完全に蝋盤に刻み込む事が出来ず、弱い音は全然刻み込まれない様な事がありましたから、其の原盤によって製作された音を再生する時に至っても、自然多くの欠陥があり、単に「似て居る」という程度に止り、所謂蓄音器らしい音即ち缶詰のような音になってしまうという次第でありました。然るに科学の進歩発達により発明された電気吹込法によりますと、まず肉声もしくは楽音を、マイクロフォーンが感取すると、其の音波は電波に帰変えられ、その電波はアンプリファイアーに伝わって、任意の程度に増幅されます。その増幅された電波は、電気レコーダーに働き、ここで再び音波に還され、斯して回転せる蝋盤の上に音波の溝を印刻する様な装置になっております。

 以上のようにマイクロフォーン、アンプリファイアー及び結合さえすれば直ちに優秀な吹込が出来るかというに、必ずしもそうとは行きません、それには又独特の工夫が要ります。 「オルソフォニック吹込法」と称して現にビクターが専用せるものの如きは、この工夫に関する最高の研究の精華にして定評あるもので、凡そ人間の聴覚の刺戟域に対しては、最低より最高に亘る一切の音波を印刻して余蘊なき完璧の機能を具えております。 しかもこの機械を取り扱う技師は、凡て電気学、音響学、音楽に精通せる優秀な技術家揃いであります。斯るが故に、我が社のレコードは声楽、器楽、その他凡ゆる発音体が持つ資質の特徴完全に吹き込んで再生する次第であります。

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